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2007年12月23日

玉川温泉の歴史

秋田県の秘湯と呼ばれる玉川温泉は、原生林が生い茂る八幡平と十和田湖を擁する十和田八幡平国立公園内にあります。

その昔、その水は、魚も水草も生きることができないことから「毒水」と呼ばれ疎まれていました。

世間と隔絶され、たまに「マタギ」が利用するほかは、その地に生息する動物達だけが使っていた秘湯が知られるようになったのは、猟師の矢で傷を負った鹿がキズを癒やして逃げ去ったということがあってからです。このお話から「鹿湯」と呼ばれるようになり、村人たちが湯治場として利用するようになりました。

明治15年、柏谷氏が「湯治場開発請願書」を知事に提出し、17年には認可がおりたのですが、人里離れ、道路のない「鹿湯」は、その後昭和初期に道路が開通するまで温泉地としては開発されないままとなりました。

しかしながら、道路が開通した昭和初期には、皮膚病や胃腸病などの湯治で訪れる人が多くなり、東北でも有名な温泉地となりました。
このときに、「鹿湯」の現地での発音がスカユであり、青森県にある「酸々湯」(スガユ)と発音が似ていることから混乱がおきたため、昭和10年、関東の人にも親しみ深い「玉川温泉」という名前に改称したのです。

玉川温泉が温泉地として開発され、湯の華の採取などが行われるようになったのは、現在の湯瀬ホテル創始者、関氏の尽力によります。若き日の関青年はやっかいな皮膚病に悩まされていました。他の温泉地では一向によくならなかった皮膚病が、「鹿湯温泉」での湯治でよくなったことからこの温泉地の開発に心血を注いだのです。
posted by 北投石 at 00:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 秋田県玉川温泉
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